全裸刑事
捜査担当の警察官は違法薬物の巣窟的イメージのあるハッテン場に潜入捜査をする。それは新人捜査官の任務の一つになっていると五年前、新宿の取り調べの警察官が言っていた。
ハッテン場…店の雰囲気やフロアの様子、客層、中でなにかどう展開されているか、きっとノンケには想像できない。ダメ!絶対スピリッツに根ざした違法薬物根絶を目指し、不届き者のゲイを挙げるため、その現場を把握しておこうとは涙ぐましい努力である。
ばかし合い、あばき合い、しのぎあい。
捜査する者とされる者。お互いが切磋琢磨するシンプルな構図は時代と共に変化し複雑化の道をたどっていることをボクはそのときまで気づかなかった。
「もう二度としません」という固い約束も反故にして、保釈中の身であるにも関わらずボクは速攻、覚醒剤に手を出した。
温かい風呂といい音楽と笑いの次にはしっかりと覚醒剤が食い込んでいた。
あんな曖昧な品物で捕まったんじゃ割りに合わない。どうせブタ箱行きなら心置きなく悪さしたい。札付きのジャキーここにあり。
行き場所は都心のハッテン場。ボクが入った時には先客が一人だった。目があったが気にせずフロアに繰りだすための気合一発をトイレでキメる。物語に銃が出てきたらその銃は発射されなければならない。注射器もそれに準ずる。
自分の体に針を刺すってやっぱ自傷行為だよな。
水で溶かすとシリンジの中で結晶がひゅんひゅん跳びまくる。金魚の尾鰭のような血液がゆらぐ。このゆらぎ具合でいいモノであることがわかる。とめられてやるクスリは大変うまい。平静を装うのはロッカーに着くまでが精一杯。ペンとモノをバッグにしまいロッカーに入れたら準備万端出発進行。
人もわりかし増えてきた。ゲイうけするタイプのいい体をした男たち。受け取る目線のレイザービームがいつになく多い。あっさりマッチングするもの「むーーん」の反応。自分から誘ってくるくせにこちらからタッチすると怯む。心から気持ちいいと思ってない態度。そういうパターンを何人かとくり返す。
「なんか変じゃないか」そう思えた。
「流れがいつもと違う」なぜと考えてしまった。
「オーバードーズの勘ぐりであってほしい」違和感の理由を見つけたかった。
暗闇で疲れたら明かりにあたればいい。ボクはロッカースペースに戻り、貴重品の確認をした。問題発生。なぜだ?バッグに入れておいたはずのペンがない。入れたはずの場所から消えていた。ロッカーの前でわちゃわちゃするのは、見られたくないものがありますよとわざわざ伝えているようで決してスマートでない。別のポケットから出て来るだろうとボクは自分の不完全さを信じた。
フロアに戻るとまた誘われた。鍛えた身体の男前だった。彼は触るときちんと声に出して感じるいい男だった。奥の広いスペースに移動して彼は言った。「オレ、すぐイクからゆっくり時間かけてやりましょう」。こんなことを言われたのは初めてだ。
ロッカーあたりでガチャガチャする音にまぎれて「なんか変だ」の幻聴がまた聞こえた。直観がセックスを止めさせ、ボクをロッカーに走らせた。
さっきの違和感の正体がわかった。ロッカースペースに人が多すぎるんだ。それも一気に増えすぎだ。ヤリに来てんのにロッカーに集まってどうする。ここはノリよい男がコンセプトのハッテン場だろう。これだけモテ筋の奴らが揃ってなぜ誰もやってない。クルージングスペースではオレ以外誰もやってないじゃないか。確実におかしい。おかすぎる絶対。
そしてボクのロッカーはパカッと開いていた。
「なんで開いてんだよ」ボクは呟いた。周りにいた奴らが今度は躊躇なくさっーと一歩さがった。閉めわすれ…なはずはない。貴重品をチェックすると、ペンが元の場所に戻っていた。
中をあさっていた奴はボクがセックスを中断し、不意打ちのように戻ってきたせいで、何もなかったように元に戻す余裕がなかったんだろう。
今度はボクが余裕をなくす番で、とんでもなく焦った。
この全裸の男たちは警察官だ。
しかもたった今、ボクが覚醒剤を使ったことを知っている。非常にまずい。今ここにある危機である。
人生で一番素早い着替えだった。金メダル級のスピードだ。
誰も追ってこなかった。追うつもりはなかったのかもしれない。こちらに非があるとはいえ立派な違法捜査だしな。
入店して一時間もいなかったのにこの機動力。手慣れてる。今日は本来フルフェイスのマスク着用デイだったはずなのに受付ではそうではなかった。店と結託してるのかと疑ってしまう。
店員が「薬物使ってるっぽい客きました」と警察に連絡する。ゲイウケしそうな警官を送り込み、あてがい時間をかせぐ。店のマスターキーをつかって中に入ってるものからの個人情報を調べ上げ、薬物犯罪も内偵リストに入れる。そして確実に逮捕できる機を伺う。そういうことなんだろう。誰発進のシステムだったんだろう。性風俗産業業界は立場弱いだろうし、きっと警察からの提案なんだろうな。正規の捜査ではないのかもしれない。いずれにせよ糞悪い話だぜ。
帰り際「卑怯者」のと受付の男に捨て台詞を残す。
もしかしたら、ペンも鍵もあの日の雰囲気も丸ごとボクの勘繰りって可能性も…いやーそれはないな。正真正銘の妄想はこの後にしっかりボクを襲ってきたのだから。
収監まで後42日
『脳男』首藤瓜於
ボクの性感帯は脳である。