勘ぐりジャーニー ~東京編~
ハッテン場を出たら、そこは妄想天国だった。
誰かにつけられている。
狙われている。
自宅も張られてる。
部屋には監視カメラがつけられている。家宅捜索の時に刑事がつけていったに違いない。家には戻れない。
ATMを使うと居場所がばれる。
今ある現金でクスリがぬけるまでやりくりしなくてはいけない。
手持ちは2万。そうなに遠くには行けない。
都内は防犯カメラから前科者を割り出すことができる。
警視庁の手が届かない場所。東京は出なくては。
どうしてだかわからないが、千葉でも神奈川でもなく、逃げるなら埼玉だと思った。
ダウンジャケットを裏返しにして羽織る。
フードを頭までかぶる。
パケとポンプは靴下に隠す。
振り返らずとにかく歩いた。
日本橋からタクシーに乗る。「大塚に行ってください」とボクはいった。
タクシーの無線が気になる。後ろの車、横の車がつけてきているように思える。
ボクは顔が見えないようにシートに深く座る。
「お客さん、シートベルトつけてください」といわれて運転手が怖くなる。
水道橋あたりで信号停車したところ「ここでいいです」と言って降りる。
真冬のドームシティ前の長い歩道を、汗をかきながら走った。口はカラカラに乾いていた。
後ろでがさっと音がした。締め忘れたリュックのチャックから荷物がすべて雪崩落ちたんだ。
確かめるが怖い。誰かに見られてないか。拾わなければいけないのに動けない。
女性の「大丈夫ですか?」という声がボクをシラフに戻してくれた。
手帳に小説、ペンケース、財布に歯ブラシ、ニベアの青缶、フリスク、キーケース、ハンカチにカードケース、スマホの充電池、マスク…。
落ちたものをリュックに投げ入れる。
通信傍受…スマホの電波から位置確認をされては困る。電源を切る。
足取りが筒抜けになりそうでSUICAもPASMOも使えない。
江戸川橋、飯田橋、池袋、北池袋、田端、半蔵門、茅場町、市ヶ谷、巣鴨…。
ドアが閉まるギリギリで乗り降りし、つけられていないか確認する。
上りと下りの電車を行ったり来たりしながら、タクシー、徒歩を織り交ぜながら、大宮についたのは0時をまわっていた。東京を抜け出すのに6時間かかった。
偽名を使ってビジネスホテルに入った。
両隣がいない部屋をリクエストした。ギリギリ見えるか見えないかまで照明の灯りを落とし、バッグの中身をすべてベッドに出した。
パケとポンプがなかった。いくら探しても見つからない。
誰かにかすめとられた…そんなはずはない。
隠し場所を何度も移動してるうちに落としたんだろう。それ以外可能性はないと、ボクは妄想を採用しない努力をした。
いけない妄想はぽこぽこわき続け、朝まで眠れなかった。疲れさえ感じることができなかった。
サクッとぬいて、しっかり食べて寝て、しばらくここから動かないのが一番いいってわかっているんだけれど、妄想はひとところにとどまることを許さない。ボクは行き場所を決めることなく朝になりホテルをチェックアウトした。
収監まで41日
なぜか持ち歩いていた文庫本。港に何も持ち帰れなかった喪失と充実に共感。