ある薬物事件の公判の記録 5

検察は早口過ぎて何を言っているのかボクにはよく聞き取れなかった。ちなみに求刑は予想通りの2年半。それに対峙して弁護士の先生が最終弁論を述べた。

 

「@さんは2021年@月@日に覚醒剤を他者から購入して使いました。覚醒剤であることを明確に認識していたわけではないため、犯意が強固でなかったことを示すものの、本法廷において、覚醒剤であることを認識しつつ、使ったことを認めていますので、実刑判決が下される可能性が極めて高いといえます。ただ、重要なのは、@さん本人が覚醒剤使用をいかに防ぐことができるか、そのために最も重要なこと、必要なこと、それが何か、それを考えなくてはなりません。

この社会には、@さんのように、覚醒剤を何度も使い続ける人がいます。覚醒剤を使うと、日本では厳罰が科されることはもはや周知の事実ですから、それを認識しながらも、覚醒剤を何度も使ってしまうのは、薬物依存症であるのか、医学的な診断基準に合致しなくとも、依存症に近い状態であるかのどちらかです。@さんもこの法廷で自らを薬物依存症であると認めるように、もはや病的なレベルで、薬物に対する使用欲求があると考えられます。

覚醒剤は人体や社会にとって、重大な害悪をもたらすものであり、覚せい剤を使用することは厳しく禁止されなければなりません。そのため、覚醒剤を使用してしまった人には、罰が科されることは必要だと考えます。しかしながら、同時に、覚醒剤の使用を続けてしまう人には、罰を与えるだけではなく、医療的ケア、福祉的な支援を与えることが重要です(『ハームリダクションとは何か』154頁)。2014年にWHOは各国に規制薬物使用を非犯罪化し、薬物使用者に適切な治療を求めるとしています(150頁)。提出した「ハームリダクションとは何か」の151頁には、2001年にボルトガル政府が薬物を使用する人達を刑務所に収容して社会から排除するのではなく、治療プログラムを各種福祉サービスの利用を促すとともに、社会での居場所づくりを支援し、孤立させないという政策を推し進めたという例が紹介されています。それによれば、ポルトガル国内における注射器による薬物使用、薬物の過剰摂取による死亡が大幅に減少し、治療につながる薬物使用者が増加したという報告があります。

覚醒剤使用を何度も続けてしまう人、彼ら彼女らを社会から排除せずに、社会的に包摂すること、これが、薬物の再使用から抜け出せる道であると私は確信します。ボルドガルの例を踏まえれば、社会復帰をした後において、周囲とコミュニケーションを熱心にとり、勤務先の居場所を設け、当該人物と社会や地域コミュニティが密に連絡を取って、医療的ケア、福祉的ケアを与えることが、何よりも必要であると考えます。

実際に、この法廷で、精神保健福祉士であるTさんによれば、依存症を持っている患者さんに対応しつづけた中で、覚醒剤を辞めるために必要なことは、孤立させないことが重要であると思うと証言しています。実際に人間関係や仕事などの社会資源をすべて失ってしまったことが再使用の動機だとする方のお話も紹介されていました。Tさんのこれらの証言は、覚醒剤の常習者、依存症者に必要なことは、社会的な包摂であることを正確に言い当てています。

Tさんは、精神保健福祉士であると同時に、勤務先であるクリニックの同僚でもあります。また、以前の勤務先のIさん、この二人とも、一様に、路上生活者、生活困窮者に対して献身的にサポートをしていたという@さんの人柄を語り、そのうえで、@さんと今後も働き続けたい、雇用の用意があると述べています。彼らは365日一緒に過ごすことができるわけではありません。けれども、今まで以上にコミュニケーションを取って、どんどん働いてもらって@さんに寄り添いたいといっています。@さんが頼れる人間関係、職場が用意されているのです。

@さんは、この法廷で、覚醒剤をやめることができるか、という質問に対して、覚醒剤を二度と使わないとは軽々しく言えない、と証言しました。その理由は、自分が依存症であると認めたうえで、依存症を知れば知るほど、軽々しくそのようなことを言えないと考えるからです。本法廷で、覚醒剤を二度と使いませんということは簡単です。しかし、その言葉を軽々しく言うのではなく、自分に「覚醒剤を使いたい」という気持ちがあるということをあえて認め、自分に直面化して、「使わないための努力をし続け」たいと語るのです。私には、@さんは、自分ではコントロールしえない使用欲求に対して向き合いたい、本当にやめたいという気持ちがあると確信します。

保釈中である@さんはすでに通院先でこれまで取り組んでこなかった服薬治療を始めています。覚醒剤の依存症の人達が集まってお互いに語り合うNAグループにも通っています。病院が提供しているプログラムであるスマープも通う予定です。スマープ(SMARPP)とは、24回のプログラムが設けられ、医療従事者から各テーマのレクチャーがなされたあと、参加者同士でお互いに語り合うものです。@さんはこれらのプログラムに通い、薬物依存であることを自覚し、その治療を行うこと、そして周囲との人間関係を大事にしたいと述べています。

確かに、@さんはこれまでにこれらのプログラムに通っていました。しかし、コロナ禍であったこともあって、途中で通えなくなりました。新型コロナウイルス感染症は、感染症対策という名のもと、周囲との人間関係を遮断し、ステイホームを求めました。それは、依存と向き合う、薬物の再使用を防ぐという意味では、かなりマイナスの効果をもたらしました。そのうえ、仕事の忙しさも重なり、プログラムの効果が限定的になってしまったものです。そして、何よりも前回との違いは、自らは薬物依存の患者であること、自分には抗いがたい使用欲求があることに直面化しています。これこそが、プログラムの継続を何よりも意味すると思われます。

本事件では、全部執行猶予の要件を満たしません。一部執行猶予を求める意向もありません。@さんの再使用をしないという彼の覚悟を踏まえれば、長期間の刑事施設収容は望ましいものではありません。 寛大な判決を言い渡されるよう、求めるものです」

 

勇ましくて正しくてボクは感動してしまった。この言葉たちが裁判所の記録に残るのであればどんな判決であってもかまわないとさえ思えた。

「判決は同法廷にて二週間後に」と裁判長が締めボクの初公判は終わった。