希望の光
昨日、押送から留置へもどり夕方の弁当を食べていると「明日も地検に押送予定だから、自弁なしね」と担当が伝えてきた。
「またか」とうんざりはしなかった。
勾留期限はすぐそこまで迫っている。調べがあるということは、オレの処遇はまだ決まっていないんだ。オレは今、起訴と不起訴の狭間にいる。もしかしたらワンチャンあるかもしれない。
一縷の希望を感じた。
あー聞かれたら、こー答えよう。
こーきかれたら、あー答えよう。
それとも完黙か。
調べのシュミレーションで眠れなかった。
いつもとは違った顔つきで入った検事室で担当検事は言った。
「連日ですみません。確認してなかったことがあったんで来てもらいました」
前置きの後に続いたのはたった一つの質問だった。
「先月から今月にかけて都内から出た記憶はありますか」
予想外の質問だったのでボクは答えられなかった。
「今回の覚醒剤を使った場所について聞いていませんでしたので」
どこで使ってたなんかどうでもいい。どこで使ったかを聴取したという事実がほしかっただけだとボクは悟った。言うもんかと思った。
「まあ、はっきりしないのであれば、日本国内で使用したであろうとすればいいだけなんですけどね」と検事は軽やかに言った。
ボクは何も言わない。
「せっかく来られたんで聞いておきたいことがあればおっしゃってください」と検事はついでのように言った。
「起訴されるんですか」ボクは救いを求めた。
「そうなると思います」検事は間髪おかずに答えた。
ボクは救いを求める相手を間違えていることに気づいた。ボクは検事を睨んだ。録画されていることも気にしなかった。
その後に続いた長い長い沈黙。
今思えば、ボクがいちばん伝えたかったのはこの沈黙だったのかもしれない。そして気持ちが伝わったと思えたのもこのときだけだった。
決まりきった結末に必要な都合のいい言葉だけを採用する相手に話をしてもしかたがない。ボクは次に捕まったときには、警察にも検察にもいっさい口を開かないでおこうと決めた。
調べは5分もかからなかった。
希望はいつだって人生のつらさだけをボクに教える。さんざん学んできたはずなのにそれでもボクは見誤る。希望の光は残酷に輝き、目を眩ませ、いつも通りボクを傷つけた。
『国境』黒川博行
「ちょっと北朝鮮に言ってきます」と言って本を手にすると、「ここもノースコリアみたいなもんだろう」とそんな気の利いた返しができる同室者たち。