アクリル板、スエット姿、制限時間20分
面会の呼び出しがあった。職場の人達だ。
会わせる顔がない。それでも会うしかない。留置の面会とはそういうものだ。
「新宿」とマジックで大きく書かれた灰色のスエット上下。なかなかにダサい。どんな顔をしていいかわからないとボクは笑ってしまう。へらへらした笑顔で面会室に入った。
彼らは心配していた。
今のボクは安心させれるような姿ではないはずだが、ちゃんと生きているだけで及第点だったらしい。笑顔を返してくれた。
多分この部屋には涙腺を緩ませる作用があるんだろう。思わず泣きそうになる。
だけど、ボクには責任がある。泣くより前に責任を取らなければと思った。説明責任、賠償責任、再発防止責任、そして謝罪責任。
20分という制限時間があるので、ことのあらましをざっと伝えた。安売りのゴシップみたいな内容だが自分の口から伝えれてよかった。
「どうなりそう?」と聞かれた。
「尿検査で陽性だったし、捜査方法で争うとしてもけっこう厳しいと思います。前回が二年の判決だったから、三回目だと半年延びて、二年半の懲役になる可能性が高いです。起訴されるかは来週になればわかるはずだけど、保釈は微妙ですね。先生は一割くらいかなと言ってました」シビアな現実をすらすら答えた。
自分の言葉で誰かに説明するということは、受け入れがたい現実も飲み込めやすくさせる。ボクは少し冷静になり、泣かずに耐えることができた。
「えーーー!長過ぎる。示談とか罰金とかでどうにかならないの?」
なかなかアバンギャルドな意見だと思うが、残念ながらそういう選択肢はなく、ボクは首を横にふる。
倒れるまで走る。あるいは転ぶ。
溺れるまで泳ぐ。いつか沈む。
そうならないと疲れていることがわからない。
手助けされてはじめて自分がひとりで歩けていなかったことに気づく。
こんな事態になり誰かにやさしく丁寧に扱われ、ようやく自分を大事にしていなかったのは自分だけだったことがわかる。その事実がボクを傷つける。
ボクにはもしかしたら一度スリップ(再使用)したら逮捕されるまでやり続けるという無意識の自己洗脳があったのかもしれない。いつか逮捕される日をいつも想像していた。捕まったら、職場がひとつだとそこに大きな迷惑をかけてしまう。少しでもリスクは分散させたいとボクはトリプルワークをしていた。だけどリスクは分散なんてされなかった。迷惑をかける相手が増えただけだった。
ボクには筋を通さなければいけない相手がまだ2箇所残っている。
最後に「すみませんでした」と謝った。
「あやまることじゃないよ」と言ってくれた。謝罪責任…ボクの「すみません」はどこに届ければいいのだろう。再発防止責任なんてちゃんちゃらおかしい夢のまた夢だ。
責任すら満足に取れないボクに彼らは「戻ってきてね」といってくれた。ボクが「戻りたい」と言う前に言ってくれた。ありがたかった。「戻ってきてね」という言葉への責任のとり方をボクはこれから考えなければいけない。
20分のアラームが鳴る。面会時間はほとんどボクがしゃべっていた。
帰り際、名残惜しさを断ち切るように両手でガッツポーズをしてくれた。
無様だなあ。無様だけど生きていかなければと、そのガッツポーズをみてボクは思った。
『桜のような僕の恋人』宇山佳佑
「絶対泣けるますよ」と同じ部屋の若者から勧められて読んだけど…『8月に生まれる子供』のほうが絶対にいいですよと勧め返してあげたいが、きっとわかってもらえない気がしてやめておいた。