反故室

向かいの部屋に不穏の気配。ひとり部屋の新入と担当が何やらやりあっている。きっかけが何かはわからないが、状況は芳しくない。明らかに担当があおっている。

逮捕されたてでクスリが抜けていないやつだったりすると感情的になりやすく(というかそもそもここにくる誰もが逮捕への憤りが燻ったままであろうから)、不愉快のツボをいちいちつついてくる担当たちの態度を受け流すことができない。担当たちもそういうのをわかってわざとやってる感じがある。

だいたい入ったばかりでいきなりルール違反だって(それもムカつかせるような頭ごなしな口調で)言われても、まずはきっちり事前に説明しろよと反論したくなるものだ。だが、そんな理屈が通じる場所ではなく「ハイスミマセンデシタ」でおさめるしか勾留者に選択肢はない。

抗弁(つまりは反抗的態度扱い)となり、わらわら集まってきた10人近くの担当に四肢の自由を奪われ保護室に連行されていく。一瞬の作業だ。怒鳴り散らす声が遠くへ消えていく。その様子をみてボクは生け簀の魚を思う。さっきまで隣で泳いでいたやつがさっと網で掬われ、目の前のまな板にのせられ包丁で捌かれるのを明日は我が身と怯える無力…。

あの調子だと確実に手足拘束パターンだ。それは少しでも体を動かすとさらにきしみ痛むような意地の悪い縛り方で本当に辛い。保護室っていったい誰を保護してんだよ。

こういう経験が増えるたびにボクの顔には険が刻まれ、またひとつ表情を失う。留置所での痛みは何も生み出さない。まあ、そういう目的の場所ではないことは百も承知であるのだけれど。あんまりだなあと思う。

 

 

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マンボウ家族航海記』北杜夫

かつて拘置所で表情をなくしたボクに笑いを取り戻させてくれた作家北杜夫先生(勝手に恩人化)。