メジャートランキライザーの威力

メジャートランキライザーの威力をまざまざと見せつけられた。

先週からニューレプチルを食後に三錠処方されはじめたホスト君が起きれない。食事と点呼の時間以外はずーっと眠っている。「受刑期間をあっという間に過ごしたいんだったら精神薬をどっさり処方してもらえばいい」とむかし誰かが言っていたことを思い出した。

たまに目が覚めると彼はヨレヨレの口調で「どうしてオレが…」「不起訴になんないですかね」「保釈どうなると思いますか」と同じ内容の質問を連呼しはじめる。一人だとよけいにヨレる。ボクは極力聞くんだが、結局「弁護士の先生に聞くしかないよね」としか言えず具体的解決には至らない。

目をそらしたい現実を「なるようにしかならない」と受け入れるまでには「否認」「怒り」「抑うつ」「取引」「受容」のプロセスを経るとキューブラーさんはおっしゃっている。起きてる時間が少ないから「こんなはずじゃない」の否認で彼は立ち止まったまんまなんだろう。けれど、そのことをあーだこーだ言うつもりはない。皆辛い。きつい境遇には違いない。彼は眠りで悲しみをすっとばすやり方を選んだ。それだけのことだ。彼の目覚めがいいものであることをボクは願っていればいいだけだ。

 

留置所では月に二回、精神科医の診察を受けることができる。多くの勾留者が希望する。ボクもここにきてから眠剤と不安薬を処方してもらい服用するようになった。

ボクは普段も精神科の外来に通院していたんだが、そこでは精神療法だけで薬物療法はなされていなかった。処方薬を飲むと、気持ちの大事な部分に穴があいてしまいそうで、ここぞのときに踏ん張れないような気がしていた。錠剤の白さが怖かった。薬物は覚醒剤のキラキラだけで十分だと思っていた。

だけどそれはボクの思い違いだったのかもしれない。処方薬は気持ちの大事な部分にできた穴をうめるものだったのかもしれない。気持ちの中にぽっかりあいた穴をボクは不安でうめて生きてきた。不安に支えられたボクはシラフじゃしっかり立てなさそうで、不安を手放すのが怖かったんだ。

まだ眠れない夜もある。効き目はいまいちだ。しっくり来る合法ドラッグを見つけたいと思う。主治医の先生に次にあったときの相談事がひとつできた。覚えておこう。

あっ、その前に「しばらく診察行けません」って弁護士の先生から伝えてもらわなきゃいけない。

「はぁ…」ボクはクリニックまで飛んでいけそうなくらいの大きなため息をついた。

 

 

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『身の上話』佐藤正午

「鳩の撃退法」はここには「下」しかない。「上」ならまだしも「下」しかないってどういうこと?