高ければ高い壁の方が登ったとき気持ちいいもんな
「いい知らせと悪い知らせがあります」
これが面会室に入ってきた弁護士の第一声だった。
保釈されるんだったら悪い知らせがどんなものであってもかまわない。罰当たりにもそう願った。
「保釈の許可がおりました」と弁護士は言った。
じゃあ悪い方は?とボクは無言で先を促した。
「保釈保証協会の審査が駄目だったんです」と弁護士は続けた。
「えーーっ!なんでですか?」珍しくボクは感情をあらわにしてしまった。
「私もまさかと思って同じような反応で保証協会に説明をもとめたんですが、申込人が家族でないことと、前刑から数年しか経っていないことが理由だそうです」
法律の世界よりも一般社会の方が世知辛い。
保釈金は300万円に設定されたそうだ。
定期を解約し預貯金をかきあつめても…足りない。
ここから出る権利は得たのにそのための金がない。
出所してからあんなにがむしゃらに働いてきたのに300万円すらポンッと出せない…悔しい。300万円さえあれば今日出れたのに…年末娑婆で過ごせたのに…。お金が無くてこんなに悔しい思いをしたのは初めてだ。
見事に罰があたった。
「保証協会に交渉してみます」という弁護士の言葉をギリギリの救いにして今年最後の面談は終わった。
銀行も保証協会も裁判所も弁護士事務所も今日が仕事納めだ。ここでの年越しが決まった瞬間だった。
ボクはきちんと「ありがとうございました。よい年を」と明るく挨拶しながら「早く出たい」それだけを望んでいた。待つだけの、頼るだけの、すがるだけの一日。娑婆とは確実に異なる時間の流れとその密度。充実はしているが中身がない。蝕まれる。
とんがった感情をボクは胸の中で時間をかけて転がす。刺々しい気持ちがしだいに丸まってくる。角の取れた言葉は吐き出すとき痛くなくていい。
部屋に戻ってしばらたってからボクは同室者に進捗を伝えた。
「保釈OKでした。けど保証協会が駄目だったみたいで…、300万なんか持ってないし、でも弁護士の先生が交渉してくれるらしくて、まあ出れたとしても来月になりそうだけど…だから年末年始も引き続きよろしくお願いします」とVサインをした。
「オレたちを今釈放すれば少しは経済を回す役にも立つだろうに」とスリ師さんがポツリと呟いた。ボクは心のなかで「いいね」をポチリと押した。
『あやかし』
この境遇もどうかあやかしであってほしいものです。