ゲイ男、雑居に入る

ここでは名前で呼ばれることはない。ランダムに付けられた数字で呼ばれる。今回ボクに与えられたのは14番(ジュウヨンバン)だった。

「14番、部屋移動だから準備して」といわれる。雑居に混ぜても問題ないであろうという判断が下ったわけだ。「他の人とトラブルになったら拘束することになるんで注意するように」と言われる。「もうすでに拘束状態だろう」と心の中だけで突っ込んでおいた。

容疑者というなでつながる絆。同じ釜の(くさい飯)を食う者同士。数週間であるが、行く先不透明な時間をただ待つというあの境遇のつらさを分かち合うシェアメイト。うまくやらなければいけない。

新しい部屋のドアが開けられ三人の視線がこちらに刺さる。マイノリティで生きているとそこが自分にとってどういう場所であるかを瞬時に見抜く力がつく。部屋主の三人は思い思いの体勢で横になってくつろいでいた。ボクの直感は「この部屋は大丈夫そうだ」と判断した。

「何やったんですか?」と銀髪のホストっぽい若者が舌っ足らずな口調で聞いて来る。

「クスリ」と答えた。

新入はやはり注目の的である。銀髪のホストっぽい若者は、予想通りホストをしていて、飲酒運転で事故ってここに来たそうだ(ホストくんと呼ぶ)。もう一人は、マリファナ大好き草食系男子(タイマ君と呼ぶ)で、もう一人は、プロのスリ師(スリ師さんと呼ぶ)だという。ホスト君とタイマ君はぐんと年下でまだ30歳、スリ師さんは同年代という具合だ。話しているとみんな悪いことをやってはいるが悪い人ではなさそう。ボクも留置は四回目であることを説明し、勝手はわかっているやつだと安心してもらえたようだ。前科四犯…これだけで少しであるが敬意をはらってもらえるヒエラルキー

ひと通り自己紹介をすると各々、漫画を読んだり、手紙を書いたり、寝たりして、部屋はピースフルな場所に戻った。ボクの直感は間違っていなかったようだ。

ボクは本を読む。本を読んでいるときだけは心が安らぎ、おだやかな気持ちに満たされる。ここが留置であることに気づかないふりをするには読書が最適なのである。

前に来てからもう5年以上たつが、変わったことといえば、コロナ対策のため食事のときは向かい合わず、敷かれたゴザの片方に全員が座るようになったことくらいだ。

新宿留置は、年齢、罪状、未決、既決、出身、国籍、そして性的指向も区別されることなく同じ処遇を施される平等な環境、まさにダイバーシティ。普通の男となんら変わりない者にしてくれる官物のスエットに安心する。

ここでは前科や薬物使用については隠さなくていいが、セクシャリティについては用心しておかなければいけない。閉鎖された処遇においてはゲイだという事実はノンケどもにとってはとてもアンタッチャブルな案件なのである。彼らにとって脅威であるという事実は、自分自身にとっても脅威となりえてしまう。慎重にたちふるまう必要がある。ノンケのふりなんてもうしばらくしていなかったのでどうやって勘をとりもどせばいいんだろう。つかれんなあ。

消灯9時ちょうど、ここに勾留されている誰かへの合図のようなクラクションが外から聞こえた。雑居初日を無事に乗り切れ、ボクは安堵の眠りについた。

 

 

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スマホをおとしっただけなのに』志駕晃

そうなってしまった原因はスマホを落としただけではない気がするのだが…。