名勝負
新入が来た。
正しくは新入ではない。彼はここに勾留されてもう一ヶ月以上たっており、起訴され拘置所への移送待ちのいわばベテラン域の人材だから。前にいた部屋で同室者からこづかれていたのが見つかり、トラブル予防で転室となったらしい。
特殊詐欺で捕まったそうだ(以後、ウケコ君と呼ぶ)。30歳らしいが、20代の半分を刑務所で過ごしていたとのことで、ここでの生活をどうとも思ってない鷹揚さをまとっている。
大麻君は20代、ホスト君とウケコ君は30歳。いつも「若い頃に戻りたい」と思う毎日だったが、ここでは「若くなくてよかった」と思えてしまう。
ウケコ君はいちいちのテンポが遅い。布団の畳に手間取ったり、食事もいつも最後になる。マスクを付け忘れたりして、担当にもよく注意される。
ウケコ君は人の加虐心をくすぶるタイプの人間なんだろう。
「オレたちがおこられちゃうんでしっかりしてくださいよ」と大麻くんはスローモーなウケコ君に苛立ちを隠さない。彼らは馬が合わない。というか大麻君が一方的に干渉している体だ。
ボクはどちらかといえば「あの担当口うるさいっすよね」と波風起こさずおさめたい質だからこういう対立の場面が苦手だ。直面化をためらわない大麻君を若いなあと思う。
黙ってやり過ごすのかと持ったが、ウケコ君は「ボク馬鹿なんです」とつぶやいてみせた。
なんというパワーワード。
大麻君は絶句した。
見事な一本!
電気うなぎに噛みついたワニが気絶するYoutubeの動画を思わせる弱者としてのそのマウントのとり方にボクは「いいもの見せてもらった」ととても感動した。
虐げられている人にやさしくなりがちなのはボクの歪んだ性分だ。そう、いつだって意外性大事。
「さくら」があまりに痛くて…以来、西加奈子はずっと敬遠していたんだが、この際と覚悟を決めて手にとった。リハビリのいいきっっかけになった。