ある薬物事件の公判の記録 5

検察は早口過ぎて何を言っているのかボクにはよく聞き取れなかった。ちなみに求刑は予想通りの2年半。それに対峙して弁護士の先生が最終弁論を述べた。

 

「@さんは2021年@月@日に覚醒剤を他者から購入して使いました。覚醒剤であることを明確に認識していたわけではないため、犯意が強固でなかったことを示すものの、本法廷において、覚醒剤であることを認識しつつ、使ったことを認めていますので、実刑判決が下される可能性が極めて高いといえます。ただ、重要なのは、@さん本人が覚醒剤使用をいかに防ぐことができるか、そのために最も重要なこと、必要なこと、それが何か、それを考えなくてはなりません。

この社会には、@さんのように、覚醒剤を何度も使い続ける人がいます。覚醒剤を使うと、日本では厳罰が科されることはもはや周知の事実ですから、それを認識しながらも、覚醒剤を何度も使ってしまうのは、薬物依存症であるのか、医学的な診断基準に合致しなくとも、依存症に近い状態であるかのどちらかです。@さんもこの法廷で自らを薬物依存症であると認めるように、もはや病的なレベルで、薬物に対する使用欲求があると考えられます。

覚醒剤は人体や社会にとって、重大な害悪をもたらすものであり、覚せい剤を使用することは厳しく禁止されなければなりません。そのため、覚醒剤を使用してしまった人には、罰が科されることは必要だと考えます。しかしながら、同時に、覚醒剤の使用を続けてしまう人には、罰を与えるだけではなく、医療的ケア、福祉的な支援を与えることが重要です(『ハームリダクションとは何か』154頁)。2014年にWHOは各国に規制薬物使用を非犯罪化し、薬物使用者に適切な治療を求めるとしています(150頁)。提出した「ハームリダクションとは何か」の151頁には、2001年にボルトガル政府が薬物を使用する人達を刑務所に収容して社会から排除するのではなく、治療プログラムを各種福祉サービスの利用を促すとともに、社会での居場所づくりを支援し、孤立させないという政策を推し進めたという例が紹介されています。それによれば、ポルトガル国内における注射器による薬物使用、薬物の過剰摂取による死亡が大幅に減少し、治療につながる薬物使用者が増加したという報告があります。

覚醒剤使用を何度も続けてしまう人、彼ら彼女らを社会から排除せずに、社会的に包摂すること、これが、薬物の再使用から抜け出せる道であると私は確信します。ボルドガルの例を踏まえれば、社会復帰をした後において、周囲とコミュニケーションを熱心にとり、勤務先の居場所を設け、当該人物と社会や地域コミュニティが密に連絡を取って、医療的ケア、福祉的ケアを与えることが、何よりも必要であると考えます。

実際に、この法廷で、精神保健福祉士であるTさんによれば、依存症を持っている患者さんに対応しつづけた中で、覚醒剤を辞めるために必要なことは、孤立させないことが重要であると思うと証言しています。実際に人間関係や仕事などの社会資源をすべて失ってしまったことが再使用の動機だとする方のお話も紹介されていました。Tさんのこれらの証言は、覚醒剤の常習者、依存症者に必要なことは、社会的な包摂であることを正確に言い当てています。

Tさんは、精神保健福祉士であると同時に、勤務先であるクリニックの同僚でもあります。また、以前の勤務先のIさん、この二人とも、一様に、路上生活者、生活困窮者に対して献身的にサポートをしていたという@さんの人柄を語り、そのうえで、@さんと今後も働き続けたい、雇用の用意があると述べています。彼らは365日一緒に過ごすことができるわけではありません。けれども、今まで以上にコミュニケーションを取って、どんどん働いてもらって@さんに寄り添いたいといっています。@さんが頼れる人間関係、職場が用意されているのです。

@さんは、この法廷で、覚醒剤をやめることができるか、という質問に対して、覚醒剤を二度と使わないとは軽々しく言えない、と証言しました。その理由は、自分が依存症であると認めたうえで、依存症を知れば知るほど、軽々しくそのようなことを言えないと考えるからです。本法廷で、覚醒剤を二度と使いませんということは簡単です。しかし、その言葉を軽々しく言うのではなく、自分に「覚醒剤を使いたい」という気持ちがあるということをあえて認め、自分に直面化して、「使わないための努力をし続け」たいと語るのです。私には、@さんは、自分ではコントロールしえない使用欲求に対して向き合いたい、本当にやめたいという気持ちがあると確信します。

保釈中である@さんはすでに通院先でこれまで取り組んでこなかった服薬治療を始めています。覚醒剤の依存症の人達が集まってお互いに語り合うNAグループにも通っています。病院が提供しているプログラムであるスマープも通う予定です。スマープ(SMARPP)とは、24回のプログラムが設けられ、医療従事者から各テーマのレクチャーがなされたあと、参加者同士でお互いに語り合うものです。@さんはこれらのプログラムに通い、薬物依存であることを自覚し、その治療を行うこと、そして周囲との人間関係を大事にしたいと述べています。

確かに、@さんはこれまでにこれらのプログラムに通っていました。しかし、コロナ禍であったこともあって、途中で通えなくなりました。新型コロナウイルス感染症は、感染症対策という名のもと、周囲との人間関係を遮断し、ステイホームを求めました。それは、依存と向き合う、薬物の再使用を防ぐという意味では、かなりマイナスの効果をもたらしました。そのうえ、仕事の忙しさも重なり、プログラムの効果が限定的になってしまったものです。そして、何よりも前回との違いは、自らは薬物依存の患者であること、自分には抗いがたい使用欲求があることに直面化しています。これこそが、プログラムの継続を何よりも意味すると思われます。

本事件では、全部執行猶予の要件を満たしません。一部執行猶予を求める意向もありません。@さんの再使用をしないという彼の覚悟を踏まえれば、長期間の刑事施設収容は望ましいものではありません。 寛大な判決を言い渡されるよう、求めるものです」

 

勇ましくて正しくてボクは感動してしまった。この言葉たちが裁判所の記録に残るのであればどんな判決であってもかまわないとさえ思えた。

「判決は同法廷にて二週間後に」と裁判長が締めボクの初公判は終わった。

 

 

ある薬物事件の公判の記録 4

真打ち登場。つまりボクの出番だ。

 

弁護士ーまずはあなたについて伺います。いまの仕事を教えてください。

ボクーはい。クリニックで訪問看護の業務をしています。

弁護士ーその仕事の内容について教えてください。

ボクー同僚の看護師と一緒に患者さんの自宅を訪問します。地域での孤立を避けるために、何かしらのサポートが必要な方の自宅を定期的に訪問して、生活や医療の相談にのるソーシャルワーク業務をしています。

弁護士ーなぜそのような仕事に携わりたいと思ったのでしょうか。

ボク→大学で福祉の勉強をしていたこと、僕自身セクシャルマイノリティなのでマイノリティ支援に興味があったからです。

 

弁護士ーでは、今回、あなたが覚せい剤を使ってしまったことについて伺います。2011年11月@日にあなたは覚せい剤を使用しましたか。

ボクーはい。

弁護士ーこれまでに覚せい剤を使用して起訴されたことがありますね。

ボクーはい。

弁護士ー依存症という言葉はご存じですか。

ボクーはい。

弁護士ー自分自身が「薬物依存症」であるかどうか、この点についてはどう考えますか。

ボクー自分は依存症だと思います。

弁護士ーなぜそう思うのでしょうか。

ボク→これまで何度も逮捕されて嫌な気持ちになっているのに、辞められずに、手を出してしまうからです。

弁護士ー覚醒剤を使用したいという気持ちは、日々、どの程度ありますか。

ボクー常にあります。

弁護士ー使いたいという気持ちをコントロールすることはできますか。

ボクーできません。

弁護士ーでは、毎回覚醒剤を使用してしまうのでしょうか。

ボクーいえ。違います。覚せい剤を使いたいとは常に思ってしまっているのですが、ほとんどの場合、別の自分がそれはダメだと自分に言い聞かせます。その時のストレス状況や、環境的要因などによって、ほとんどの場合、使わないで済んでいます。けれども、今回のように使ってしまうことがあるのです。

弁護士ー刑務所を出たのは平成2018年7月ですよね。

ボクーはい。

弁護士ー出所してから、はじめて使用したのはいつですか。

ボクー2021年9月です。

弁護士ーその時に使用したいと思った直接的な理由はどのようなものですか。

ボクーコロナの影響で他者との交流が制限された環境であり、仕事も私生活もひとりで過ごす時間がほとんどで依存症の支援者や支援グループなどと交流する機会が著しく減ってしまったことが原因だと思った。

弁護士ーさきほどのお話だと、「使いたい」と思っている。けれども、コロナ禍であったこともあって、いつものストッパーが機能しなかった。そういうことですか

ボクーはい。

 

弁護士ー保釈中でのあなたの過ごし方についてお聞きしたうえで、今後の再犯防止について聞いていきます。今回の覚せい剤使用の罪で逮捕されたのはいつですか。

ボクー去年の11月@日です。

弁護士ー保釈されたのはいつですか。

ボクー今年の1月@日です。

弁護士ー保釈されてから、今日にいたるまで、お仕事はどうしていますか。

ボクー以前から働いていたクリニックで週に2,3回勤務しています。

弁護士ー保釈の申立書のなかでは、NPO法人で働くと聞いていましたが、働いていないのですか。

ボク→有罪判決が予想されるので一度契約を解消するということになり、裁判の結果が出たあとに、再度雇用をできると約束を頂いています。

弁護士ー保釈中に誰かに定期的に、日々の悩みについて、相談はしていますか。

ボクー以前の職場の上司のIさんとボランティア先ののIさんとに定期的に面談してもらっています。

弁護士ーあなたが社会復帰した後に、覚醒剤をやめるにあたって具体的に考えていることを教えてください。

ボクー病院の専門プログラムを受けようと思っています。

弁護士ー保釈中であるいま、通院、投薬などに関してはどうしていますか。教えてください。

ボクー以前は定期的に病院に通っていたました。そこでは精神療法だけの治療でしたが、今回のことがあって、服薬療法も併用して行われるようになった。

・それは覚醒剤の再使用を防ぐうえでどのような意味をもつのですか。

ボクー使いたいという気持ちが大きくなったときにその気持ちをおさえるために薬を飲むんですが、回避の手段が増えることになります。

弁護士ー社会復帰した後はどこで働く予定ですか。

ボク→薬物依存症者への支援の現場で働くことが、自らの再発のストッパーになると考えています。

 

弁護士ー最後に何点か質問します。あなたはさきほど覚醒剤を使いたいという気持ちが「常にあります」と答えていますが、これは正直なお気持ちですよね。このお気持ちに直面化することは、覚醒剤を辞めるにあたってどのような意味があるのでしょうか。

ボクー私は、依存症です。覚醒剤を本当にやめたいと思っている以上、今の自分の直面化することが必要です。まずは今の自分をはっきりと認識しないと本当にやるめことは難しいと考えます。

弁護士ー先ほどお話していた専門病院でのプログラムについてですが、これまで通っていたことがあると思います。それでもあなたは今回覚醒剤を使用してしまいました。これらのプログラムは効果的なのでしょうか。

ボクー通っている間はやっていませんでした。自助グループにはコロナでオンラインになって通わなくなってしまい、病院には、仕事が忙しくて中断してしまいました。通っているときにはやめれていたので、今度こそ通い続けたいと思います。

弁護士ーひょっとしたら、どこかプログラムに通ってさえすればいいのではないか、という軽い気持ちがあったのではないでしょうか。

ボクーそれは否定できないと思います。自分ではコントロールできないほどの覚醒剤に対する思いがあると分かった以上、自分で勝手にやめたりせずに、どのような理由があっても、根気よく通い続けることが必要だと思います。

弁護士ー最後に、この法廷で「二度と覚醒剤を使わないことを約束します」ということを言えますか。

ボクー今の自分には、その言葉を軽々しく言う自信がありません。さきほどお話したように、覚醒剤を使ってしまうのは自分の意思の弱さが関係しないとはいわないけれど、自分の意思ではコントロールできない「依存症」という病気によるものだと思っています。依存の勉強をすればするほど、軽々しく「もう二度と使いません」というのではなく、「使わないための努力をし続ける」「辞め続ける努力をするもの」ということが重要であると思っていて、そうであるからこそ、この法廷でも軽々しく「二度と自分は使いません」とは言えません。けれども、自分が病気であるということを受け入れて、改めて、使わないための努力を続けたいと思っています。

弁護士ー以上です。

 

続いて

検察官ー前回の裁判では2度としないと言いましたよね。

ボクーはい。

検察官ー専門病院やダルクにも通っていましたよね。

ボクーはい。

検察官ー覚醒剤は自分でやめれるものだという認識はありますか?

ボクーはい、そう思っていたし。実際にやめれていると思っていました。

検察官ー「覚醒剤はこわいものだと思ってる」と言ってましたがどういう意味でいったんですか。

ボクー薬自体の怖さより、逮捕されることによって環境が変わることが怖いと思っていました。刑を軽くしてほしいという気持ちが強く、反省してる風に話している部分が強かったと思います。

検察官ー専門機関のサポートが必要で一人でやめることが難しいとはわかっていたんじゃないですか。

ボクー理解が不十分でした。

検察官ーまわりのサポートがあるのにどうしてあなたはうまく頼れなかったんですか。

ボクー………。

検察官ーまた繰り返す可能性はないですか。

ボクー前回と今回の逮捕の違いは逮捕前後で関わってくれる人達がまったく変わらなかったことです。ボクの弱点を知ってくれている人達が周りにいることを強みにしていきたいと思っています。

 

ウソはつかない。これだけは貫きたかった。貫けたと思う。

 

ある薬物事件の公判の記録 3

次に、職場のクリニックのソーシャルワーカーTさんが証言台に立った。

 

弁護士-まずはお名前を教えてください。

TさんーTです。

弁護士-どこに勤めていますか?

Tさんー@クリニックという精神科、内科の診療所で働いています。

弁護士-そこはどのような病院ですか。

Tさんー医師とソーシャルワーカーなどが中心となって生活困窮者の方をサポートすることを主としている病院です。

弁護士-患者さんはどのような方が多いですか

Tさんー主に路上生活者です。

弁護士-そちらのクリニックでのあなたの仕事内容について教えて下さい。

Tさんーいろんなご事情でホームレス状態になられ医療にかかりづらい方などを主な対象者とした訪問看護を行っています。

弁護士-訪問看護とは具体的にはどのようなことをしているんですか。

Tさんー主には身の回りのことを代わりにやったりしています。また精神的に不安定な方の場合にはその方からじっくりとお話を聞いたりしています。

 

弁護士-@さんと知り合ったのはいつですか。

Tさんー10ヶ月くらい前です。

弁護士-@さんはそのときどのような仕事をしていましたか。

Tさんー同じくホームレス状態の方の支援をされる団体で働かれていました。

弁護士-知り合った経緯について教えて下さい。

Tさんー支援団体同士でのミーティングを行うことがあってそこに参加されて会いました。

弁護士-@さんの当時の働きぶりについてあなたはどう感じていましたか。

Tさんー@さんは利用者さんをジャッジしません。悪いとかいいとかそういうことは言わないですし、ホームレス状態になった理由などについても聞いたりせずに、助けて欲しいというSOSに答えています。ルールや制度の間にこぼれ落ちてしまってホームレス状態になってしまった方々に@さんは丁寧に耳を傾けていました。

 

弁護士ーその後、そちらのクリニックで働くようになっていますね。

Tさんーはい。

弁護士-誰が声をかけたんですか。

Tさんー私です。

弁護士-@さんのクリニックでの仕事内容を教えて下さい。

Tさんー訪問看護を主に行ってもらっていました。

弁護士-働きぶりはどうでしたか。

Tさんー真面目だし、ユーモアがあります。周りを見てくださっていて安心でます。仕事については真面目に声掛けされる頼りがいのある方でした。

弁護士-具体的なエピソードはありますか。

Tさんー週一回の勤務でしたが、ミーティングには必ず参加されますし、その方の立場に立って言いづらいこともお話できる自分の意見を持った方でした。

 

検察官―覚醒剤依存についてお聞きします。クリニックの患者さんは主に路上生活の方が多いということですが、依存との関係で患者さんにはどういった特徴がありますか。

Tさんーアルコール、薬物、ギャンブル依存など依存を持った方がたくさんいらっしゃいます。そういう方には職場内で討議して相談したり、依存について向き合うにはどうしたらいいのかケースごとに相談したりしています。

弁護士-あなたは覚醒剤を何度も使用してしまっている方が覚醒剤をやめるためには何が必要だと思いますか。

Tさんー孤立させないことが大事だと思います。悩みを打ちあけられるような環境が大事です。その人が社会と積極的に関わって行きていけるような社会が必要だと思っています。

 

弁護士-あなたは@さんが社会復帰をするにあたってどのようなことができると思いますか。

Tさんーむしろ今よりも働いてもらいたいと思っています。私がモットーにしていることがあって、それは「公私混同」です。一緒に働きながらいろんな話を重ねて日々生きていきたいと思っています。社会にもまれながら、一人にさせない、お互いにおせっかいを焼きながら積極的に関わり生きていくことが最も日本社会が求める使用させない、更生するということだと思っています。

 

弁護士-公私混同とは具体的にどんなことができるんですか。

Tさんー非常勤ではなく、常勤で働いてほしいと思っています。一緒にいる時間が長くなればなるほどいいと考えています。

 

弁護士によるTさんへの証人質問が終った。続いて検察からの質問になる。

 

検察官ー被告人は事件の時期、@クリニックではたらいていましたか。

Tさんーはい。

検察官ー事件を起こしたことについてはどう思われますか。

Tさんー支援をしていなければいけないという気持ちはありましたが、その意識がうすかったと思います。それは彼が頼りになり、私が助けられている関係だったからです。

検察官ー覚醒剤は再犯の恐れがあることはわかっていたのに、なぜちゃんとみてあげようと思えなかったんですか。

Tさんー週一回しか会えておらず、どんな気持ちなのかを聞く機会が少なかったからだと思います。反省点です。

 

検察官ーこれからの治療は具体的にどういうことを考えているんですか。

Tさんー本人と話をして治療方法を選択していきたいと思っています。

検察官ークリニックでどんなフォローしていくつもりですか。

Tさんー患者という立場で関わるのか、職場の仲間として関わるのかで変わると思います。

検察官ー具体的ではないのか?

Tさんーこれから話していきたい。

検察官ーさまざまな治療方法があることを知っていると思いますが、これから決めていくんですか。

Tさんー依存症の方に対する治療については合う合わないがあります。必要なときに必要なものを提供すること、それを選択していく過程が大事だと思っています。

 

検察官ー被告人には家もあり仕事もありそこでの人間関係もあって、孤立しているわけではないと言えるのではないでしょうか。

Tさんー家がある仕事があるからといって孤立してはいないとは言えないと思います。離れていても心の中に心配してくれる人がいる、大事にしている人がいることが孤立ではないと私は思っています。

 

検察官ーなぜ薬物が規制されているとあなたはお考えですか。

Tさんー体や心に害があるからです。

検察官ー矯正施設で薬物のプログラムで行われていることは知っていますか。

Tさんーはい。

検察官ー被告人がそういうプログラムに参加していたことも知っていましたか。

Tさんーはい。

検察官ーあなたはやめるためのお手伝いがほんとうにできるんですか。

Tさんーやめるお手伝いと言うか、私ができるのは社会で生きながら当たり前に友人や家族と交流し、働き生きていく、それを毎日重ねていくことを近くでともに支え合うだけです。むしろ刑事施設に何度行っても覚醒剤使用が繰り返されていること自体が意味のない時間だったという証拠ではないでしょうか。社会から離れた場所での回復は形だけのものだと言えるのではないでしょうか。人はその人が生活し続ける場所で他者と関わり合いながら苦労し工夫して話し合い振り返り、新しく生きる楽しみを見つけていくことが回復の手段であると思っています。

 

二人の証言に少し泣きそうになってしまった。

 

ある薬物事件の公判の記録 2

まずは、情状証人の一人目である前の職場の上司のIさんが証言台へ立った。

 

弁護士―あなたのお名前を教えてください。

IさんーIです。

 

弁護士―どのようなお仕事をしていますか。

Iさんー大学で教員を務めるかたわら、住まいを失った生活困窮を支援する活動をNPO団体でやっており、私はその代表になります。

 

弁護士―その活動内容についてもうすこし詳しく説明していただけますか。

Iさんーホームレス状態にある人を中心とする生活困窮者の暮らしや住まい、仕事の支援を行うとともに、ホームレス問題解決のネットワークづくりや政策提言を行う団体です。

 

弁護士―@さんとお知り合いになったのはいつごろですか。

Iさんー2020年の6月です。

 

弁護士―そのような経緯で知り合ったのですか。

Iさんースタッフの募集に彼は応募してきたので事務所で面接を行いました。

 

弁護士―面接の結果はどうでしたか。

Iさんー採用となりました。

 

弁護士―雇用した理由について教えて下さい。

Iさんー当時は、ホームレス状態の人達の相談支援業務を担うスタッフを募集していました。路上生活者には精神疾患や知的障害を抱えている方が多いので、@さんの療機関や福祉施設でのソーシャルワーク業務の経験があった点が評価されました。

 

弁護士―面接での人柄についてはどう感じましたか。

Iさんー彼が気さくな人柄であることがわかり、ホームレス問題に高い関心を持っている点も採用の決め手になりました。

 

弁護士―@さんの働きぶりについて教えて下さい。

Iさんー私は@さんより活動歴が長く、彼の上司にあたる立場でしたが、@さんが路上生活の人達やコロナ禍の経済的影響で住まいを失った人達に寄り添って支援をしている姿には敬意を感じていました。所持金が尽きて路上で途方にくれている方からのSOSが入ればすぐに駆けつける@さんの姿は非常に印象的でした。

 

続いて検察側からの質疑に移る。

 

検察官ーあなたはこれまで覚醒剤の方へのケアをしてきた経験はありますか。

Iさんー相談に来られる方で覚醒剤の使用の方や刑務所に入っていた方も多くいました。

 

検察官―本人にとって証人が行えることとしてはどう考えていますか。

Iさん一今後も一緒に生活困窮者支援の仕事をしていきたいと考えています。今後は対面で話す機会を増やし、仕事上の悩みを共有して、愚痴もいいあいやすい環境をつくりながら、彼の精神的な負担を軽減できればと考えています。

 

検察官―医療機関との連携について具体的な話は出ていますか。

Iさん-彼が孤立せず仕事を続けられるようクリニックと連携していくつもりです。困窮者支援の仕事を続けながら薬物依存症の治療を継続できるよう、話し合いの場を作っていきます。

 

検察官―生活する場所はどのように考えているのか。

Iさん-わたしが代表をつとめる別の団体では住宅支援のサポートを行っているのでそこで受け入れる準備はあります。

検察官―それは集団生活なのですか。

Iさん―アパートの一室を借り上げた形でのものになります。

 

検察官―同居として監督する予定はないんですか。

Iさんーありません。

 

検察官-職場に復職した後の勤務時間はどのように考えられていますか。

Iさんー以前は常勤で働いていました。今後については他の職場との兼ね合いをみて決めていきたいと思っています。

 

検察官―以前被告人が覚醒剤の事件に関与にしていたことは知っていましたか。

Iさん-はい。

 

検察官-ダルクに行こうと思っていたとは知っていましたか。

Iさんーダルクの話は聞いたことはありませんが自助グループに行っていたことは知っていました。

 

検察官―そういうところに通っていたことに関わらずこういう風に再販ということになったことについてはどう思っていますか。

Iさんー彼の健康状態については気にかけていました。ただコロナ禍で相談件数が急増する中で、さらに在宅勤務になり本人と直接対面で話せる機会が少ななくなりました。彼の健康状態への配慮が不十分であった点は反省しています。

 

検察官―やれることはやっていたという認識だったんですか。

Iさんーそれは私がということですか。

検察官―そうです。

Iさん-私を含めてそれぞれ気をつけてはいました。

 

検察官―居場所づくりや協力、信頼といったことでは、覚醒剤の使用を止められないということをいみじくも示していませんか。

Iさんー依存症からの回復という観点に立てば、刑罰ではなくご本人が社会の中で居場所と役割を持てるようサポートすることが最も重要だと考えています。

 

検察官-こちらからは以上です。

 

ある薬物事件の公判の記録 1

やってきたのは東京地裁。傍聴席には5,6人。知った顔ばかりだった。

人定確認の質問後、裁判官の「それではこれから覚醒剤取締法違反刑事事件の裁判を行います」という宣言で裁判ははじまった。

検察官の感情のない声がこれに続いた。

「控訴事実、被告人は法的の除外事由がないのに令和3年11月中旬頃から同月@日の間に、日本国内のいずれかにおいて、覚醒剤のメチルアミノプロパンを自己の身体に摂取し、もって覚醒剤を使用したものである。罪名および、罰条、覚醒剤取締法違反……以上の事実につきご審議願います」

色々とある裁判の通過儀礼を終えて、このあとふたりの情状証人、ボクの証言となる。さてどんな一時間になるんだろう。そのときのボクはめずらしく緊張してこわばった顔つきをしていた。

公衆便所

前回の保釈中は、保釈中に覚醒剤の使用容疑で再逮捕されるという依存症としてはけっこうな仕上がり具合だったと思う。

使い倒すだけ使い倒して使い倒れてやるつもりだった。結局使い倒れることもできず霞ヶ関の駅のトイレで覚醒剤を打ってから裁判にむかった。

シラフでこのつらさを受け止めきる胆力。あの頃に比べたらかなりのアップグレードだと思う。

 

収監まで後12日

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公判前夜

皆ボクのことを心配している。

普段ツイッターでつぶやいているようなことや、ブログに書いてあるような本心を裁判でも主張してしまうんじゃないかとハラハラしているようだ。

そこまでのTPO不全者ではないつもりだが、実際に証人質問の練習を弁護士の先生としていたら裁判用の選ばれた言葉しか使えなくてもやもやしている自分がいることに気づく。

それにしても「再使用防止」を焦点に話がすすめなきゃいけない裁判というシステムはハームリダクションの価値や手段はまったくなじまないなあ。

 

収監まで後13日