あいかわらずなボクだ
格子の向こうの磨りガラス越しにも今日の空がきわめて美しいものであることがわかる。美しさはいかなる障壁も超える。
どこかの部屋から享楽的な笑い声が聞こえる。不安をあおるタイプの笑い声。どうしてシラフであんな風に笑えるのだろう。
誰かの空嘔も響いてくる。喉の奥に貼りついた巨大なナメクジを吐き出すようなその不穏な震え。不快極まりない。
あわせて、筋トレの呼気も気になる。お預けを食らった犬の唸り声を思い出させる雄味強すぎな世界観は正月気分にはそぐわない。
美しさと同様、不愉快な音はいかなる障壁も超える。
だけど同室者の放屁音は気にならない。
ぶっとおならをかます。我慢はからだに悪い。
「失礼しました」の言葉ひとつで受け入れ合う親密さ。
つらくたって誰も泣かない。大の大人がこんな場所で泣けるはずもない。でも間違いなく泣きたい心境ではある。
おならくらい出しても罰はあたらんだろう。
収監まで後52日
『避暑地の猫』宮本輝
主人公の屈折の仕方が好みだった。